小説
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書誌情報
[編集]- 『黒いドレスの女』 1985年、角川書店、ISBN 4-04-872407-X
- 『黒いドレスの女』 1986年、角川文庫、ISBN 4-04-161205-5
映画
[編集]角川春樹事務所の製作、東宝の配給により1987年3月14日に公開された[1][2][3]。同時上映は澤井信一郎監督の『恋人たちの時刻』。
| 黒いドレスの女 | |
|---|---|
| 監督 | 崔洋一 |
| 脚本 | 田中陽造 |
| 原作 | 北方謙三 |
| 製作 | 角川春樹 |
| 出演者 |
原田知世 永島敏行 藤真利子 時任三郎 菅原文太 |
| 音楽 | 佐久間正英 |
| 主題歌 |
dip in the pool 『黒いドレスの女〜Ritual〜』 |
| 撮影 | 浜田毅 |
| 編集 | 冨田功 |
| 製作会社 | 角川春樹事務所 |
| 配給 | 東宝 |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 100分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
| 配給収入 | 2億5000万円[4] |
| 「黒いドレスの女〜Ritual〜」 | ||||
|---|---|---|---|---|
| dip in the pool の シングル | ||||
| A面 | 黒いドレスの女〜Ritual〜 | |||
| B面 | Tambourine | |||
| リリース | ||||
| ジャンル | J-POP | |||
| レーベル |
MOON RECORDS (MOON-738) | |||
| 作詞・作曲 |
甲田益也子(作詞) 佐久間正英(作曲/Side-A) 木村達司(作曲/Side-B) | |||
| dip in the pool シングル 年表 | ||||
| ||||
キャスト
[編集]スタッフ
[編集]- 監督:崔洋一
- 製作:角川春樹
- プロデューサー:黒澤満、青木勝彦
- 原作:北方謙三(角川文庫版)
- 脚本:田中陽造
- 撮影:浜田毅
- 美術:今村力
- 照明:長田達也
- 録音:中野俊夫
- 編集:冨田功
- 助監督:佐藤敏宏
- キャスティング:飯塚滋
- 製作主任:杉崎隆行、坂本忠久
- 音楽:佐久間正英
- 音楽プロデューサー:石川光
- 音楽協力:V・F・Vスタジオ
- 主題歌「Tambourine」dip in the pool
- オリジナルサウンドトラック 制作:角川レコード 発売:ムーンレコード
- 助監督:北浜雅弘、佐々部清、遠田裕司
- リーレコ:杉本潤
- 効果:坂井三郎
- 記録:内田絢子
- 美術デザイナー:小澤秀高
- 装置:浜中一文
- セット付:貫井健二
- 衣裳:山田実
- スタイリスト:岡田玲子
- ヘアー・メイク:中元睦子、松田和子、直江広武
- 特殊メイク:原口智生
- 特殊効果:BIGSHOT(納富貴久男)
- カースタント:TAKA
- 技斗:國井正廣
- スチール:目黒裕司
- 製作進行:市山隆治、松田時吉
- 現像:東京現像所
- MA:にっかつスタジオセンター
- 製作協力:セントラル・アーツ
製作
[編集]1985年まで黒井和男とともに角川春樹事務所の番頭格だった古澤利夫(藤峰貞利)は「崔洋一監督は『十階のモスキート』で注目していて1983年に松田優作さんとテレビドラマ『断線』をやろうとした頃に下北沢の「レディージェーン」で会いました。まだ新人だったけれど骨のある男でね。ロケ場所を見つけてくるのが上手かった。結局、崔さんは角川で4本映画を撮りましたけど、後からいろんな人に批判されましたが、その頃の助監督や新人監督は角川に使ってもらうのを待っていたそうです。大手映画会社が自分たちで映画を作らなくなった時代に、角川では若手を起用し、しかもメイジャーのマーケットで作品を上映していましたから。崔さん、根岸さん、井筒さん、相米さんといった人たちに続きたかった人たちがたくさんいました」などと述べている[5]。
脚本
[編集]角川春樹から崔洋一監督に「原田知世を娘から女にしてやってくれ」という要望があり[6]、崔は黒澤満プロデューサーとの意見交換で、「田中陽造の書く妖艶な怪しさが欲しい」と強硬に田中を脚本に指名した[6]。公開前から「原田知世がアクティブな新境地を開くのでは」[7]「北方原作・崔演出・陽造脚本の超期待トリオに知世ちゃんをぶつけてくるとはなかなかの実験作(!!)」[8]などと期待された。しかし脚本家が求める映画的カタルシスと、崔が求めていく世界観のズレを持ったまま撮影に入った[6]。崔は原田の造型について「少女でもない女でもない、妖精のようで、それでいて中性的な、モノセクスな、結果としてそういうヒロインになったと思うんですが」と述べている[6]。劇中、2シーンで原田は黒いドレスを着るが印象に残らない。映画ファンには『〇いドレスの女』といえば『白いドレスの女』であろうが、キャスリーン・ターナーとはまるで違う、武骨な男たちのハードボイルドの中のスパイス程度[9]。過去を持つ女を演じるには役不足であった[3]。
キャスティング
[編集]主演の原田知世は1987年3月31日付で[10]、角川春樹事務所から独立[10]。姉・原田貴和子と一緒に事務所を設立した[10]。本作の公開時には独立第一作『私をスキーに連れてって』の撮影中だった[10]。
撮影
[編集]冒頭に大井競馬場が映るが、主舞台は渋谷。田村秀介(永島敏行)の経営するバー「ラストホール」は道玄坂にある設定。道玄坂二丁目20と街区表示板が掛かった横で田村がヤクザからリンチに遭う他、10分過ぎから田村(永島)が立岡(室田日出男)を車に乗せて渋谷から246を青山方面に走行するシーンや、当時の暗い宮下公園を歩いたり、円山町などが映る。中盤に夜の渋谷と都内でカーチェイスするシーンがあり[6]、ゲリラ撮影と見られかなり危険な撮影[6]。後半の舞台は静岡県清水市。エンドロールで「清水市観光協会」と表記される。
作品の評価
[編集]興行成績
[編集]東宝洋画系の日比谷映画劇場他で封切[8][11]。洋画系劇場としては配収2億5000万円はいい成績[11]。同じ洋画系で同年5月ニュー東宝シネマ1他で封切の『あいつに恋して』は配収1300万円と悲惨な成績[11]。
脚注
[編集]- ↑ “黒いドレスの女”. 日本映画製作者連盟. 2025年11月14日閲覧。
- ↑ 黒いドレスの女 – 新文芸坐
- 1 2 『ぴあシネマクラブ 日本映画編 2004-2005』ぴあ、2004年、251頁。ISBN 9784835606170。
- ↑ 中川右介「角川映画 関連年表 1976-1993」『角川映画 1976‐1986 日本を変えた10年』角川マガジンズ、2014年、284頁。ISBN 4-047-31905-8。
- ↑ 古澤利夫「今、明かされる角川映画のヒットの秘密」『映画の力』ビジネス社、2019年、392頁。ISBN 9784828420769。
- 1 2 3 4 5 6 山本俊輔+佐藤洋笑+映画秘宝編集部 編「第三章アクション、青春ー日本の娯楽映画の砦として… INTERVIEW 崔洋一…」『セントラル・アーツ読本』洋泉社〈映画秘宝COLLECTION〉、2017年、173頁。ISBN 978-4-8003-1382-9。
- ↑ 「'87公開予定全映画 邦画 黒いドレスの女」『シティロード』1987年2月号、エコー企画、29頁。
- 1 2 「邦画封切情報 黒いドレスの女(東宝洋画系)」『シティロード』1987年3月号、エコー企画、29頁。
- ↑ 「邦画封切情報 黒いドレスの女(東宝洋画系)」『シティロード』1987年4月号、エコー企画、31頁。
- 1 2 3 4 「NEWS SCOPE 日本映画ニュース・スコープ」『キネマ旬報』1987年5月下旬号、キネマ旬報社、109頁。
- 1 2 3 『邦画配給界 東宝』1988年12月1日発行、時事映画通信社、108–109頁。