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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 17世紀 - 18世紀 - 19世紀 |
| 十年紀: | 1740年代 1750年代 1760年代 1770年代 1780年代 |
| 年: | 1759年 1760年 1761年 1762年 1763年 1764年 1765年 |
1762年(1762 ねん)は、西暦(グレゴリオ暦)による、金曜日から始まる平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]- 1月4日 - 七年戦争:イギリスがスペインとに宣戦布告[1]
- 1月5日 - ロシア皇帝エリザヴェータが死去、甥のピョートル3世が即位。プロイセン王フリードリヒ2世の熱烈な崇拝者であったピョートル3世はすぐさまにプロイセンとの平和交渉を開始する。
- 2月 - 川越藩領の大丹波村(現・東京都西多摩郡奥多摩町)の村民による「宝暦箱訴事件」が起きる。
- 5月15日 - 七年戦争:サンクトペテルブルク条約によりロシアとプロイセンが講和。
- 5月22日 - 七年戦争:ハンブルク条約によりスウェーデンとプロイセンが講和。
- 5月26日 - イギリスで第3代ビュート伯爵ジョン・ステュアート内閣(ビュート伯爵内閣)が成立。
- 6月24日 - 七年戦争:ヴィルヘルムスタールの戦いにおいて、フェルディナント・フォン・ブラウンシュヴァイク=ヴォルフェンビュッテルがヴェストファーレンでフランス軍を撃破。
- 7月9日 - ロシア皇帝ピョートル3世が宮廷クーデターにより廃位。妻のエカチェリーナ2世即位。これによりロシアとプロイセンの同盟が解消されたが、ロシアは七年戦争に再参戦しなかった。
- 7月21日 - 七年戦争:ブルケルスドルフの戦いにおいて、プロイセン王フリードリヒ2世がシュレージエンでレオポルト・フォン・ダウン元帥を撃破。七年戦争においてフリードリヒ2世が戦った最後の大規模な会戦となった。
- 8月13日 - 七年戦争:2か月の包囲を経て、ハバナの戦いはスペイン領ハバナがイギリスに降伏したことで決着。
- 9月15日(宝暦12年7月27日) - 桃園天皇が崩御し、第117代後桜町天皇が践祚。
- 9月15日 - フレンチ・インディアン戦争:シグナルヒルの戦いでイギリス軍がフランス軍を撃破。
- 9月24日~10月5日 - 七年戦争:マニラの戦いにおいて、イギリス東インド会社がスペイン領マニラを占領。
- 10月29日 - 七年戦争:フライベルクの戦い:フリードリヒ2世の弟ハインリヒがオーストリア軍に勝利。
- 11月13日 - 七年戦争:秘密条約であるフォンテーヌブロー条約が締結され、フランス王ルイ15世がフランス領ルイジアナをスペインに割譲。
日付不詳
[編集]誕生
[編集]→「Category:1762年生」も参照
- 2月8日 - 嘉隆帝(阮福映[2]、ザロン[3])、阮朝初代皇帝(+ 1820年)
- 4月5日(宝暦12年3月11日) - 館柳湾[4]、漢詩人(+ 1844年)
- 4月29日 - ジャン=バティスト・ジュールダン[5]、フランス元帥(+ 1833年)
- 5月19日 - ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ[6]、ドイツの哲学者(+ 1814年)
- 8月12日 - ジョージ4世[7][8]、イギリス王(+ 1830年)
- 8月12日 - クリストフ・ヴィルヘルム・フーフェラント[9][10]、ドイツの医師(+ 1836年)
- 10月30日 - アンドレ・シェニエ[11]、フランスの詩人(+ 1794年)
- 11月1日 - スペンサー・パーシヴァル[12]、イギリス首相(+ 1812年)
- 桜川慈悲成[13]、戯作者、落語家(+ 1833年)
- 高井蘭山[14]、読本作者(+ 1839年)
- 田川鳳朗[15]、俳人(+ 1845年)
- 丁若鏞[16]、朝鮮実学の大成者(+ 1836年)
- 土生玄碩[17]、眼科医(+ 1848年)
崩御・死去
[編集]→「Category:1762年没」も参照
- 1月5日 - エリザヴェータ[18]、ロシア皇帝(* 1709年)
- 1月23日(乾隆26年12月29日) - 蔡温[19]、琉球王国の政治家(* 1682年)
- 3月21日 - ニコラ=ルイ・ド・ラカーユ[20]、フランスの天文学者(* 1713年)
- 4月11日(宝暦12年3月17日) - 五井蘭洲[21]、儒学者(* 1697年)
- 5月26日 - アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン[22]、ドイツの哲学者、美学の創始者とされる(* 1714年)
- 6月28日(宝暦12年5月7日) - 市村羽左衛門 (8代目)[23]、歌舞伎俳優(* 1698年)
- 6月29日(宝暦12年5月8日) - 慶紀逸[24]、俳人(* 1695年)
- 7月13日 - ジェームズ・ブラッドリー[25]、イギリスの天文学者、グリニッジ天文台長(* 1693年)
- 7月17日 - ピョートル3世[26]、ロシア皇帝(* 1728年)
- 8月21日 - メアリー・ウォートリー・モンタギュー[27]、イギリスの書簡作家(* 1689年)
- 8月31日(宝暦12年7月12日) - 桃園天皇[28]、第116代天皇(* 1741年)
- 9月17日 - フランチェスコ・ジェミニアーニ[29]、イタリアの作曲家・ヴァイオリニスト(* 1687年)[30]
- 9月25日(宝暦12年8月9日) - 山脇東洋[31]、医学者(* 1705年)
- 11月29日(宝暦12年10月14日) - 安藤昌益[32]、医者、思想家(* 1703年)
出典
[編集]- ↑ Mahan, Alfred Thayer (1890). . (英語). ウィキソースより閲覧.
- ↑ 『阮福映』 - コトバンク
- ↑ 『ザロン』 - コトバンク
- フィヒテ』 - コトバンク
- ↑ 『ジョージ4世』 - コトバンク
- ↑ 『ジョージ』 - コトバンク
- ↑ 『フーフェラント』 - コトバンク
- ↑ 『フーフェランド』 - コトバンク
- ↑ 『シェニエ』 - コトバンク
- ↑ Spencer-Perceval - ブリタニカ百科事典
- ↑ 『桜川慈悲成』 - コトバンク
- ↑ 『高井蘭山』 - コトバンク
- ↑ 『田川鳳朗』 - コトバンク
- ↑ 『丁若鏞』 - コトバンク
- ↑ 『土生玄碩』 - コトバンク
- ↑ 『エリザヴェータ』 - コトバンク
- ↑ 『蔡温』 - コトバンク
- ↑ 『ラカイユ』 - コトバンク
- ↑ 『五井蘭洲』 - コトバンク
- ↑ 『バウムガルテン』 - コトバンク
- ↑ 『市村羽左衛門』 - コトバンク
- ↑ 『慶紀逸』 - コトバンク
- ↑ 『ブラッドリー』 - コトバンク
- ↑ 『ピョートル』 - コトバンク
- ↑ 『モンタギュー』 - コトバンク
- ↑ 『桃園天皇』 - コトバンク
- ↑ 『ジェミニアーニ』 - コトバンク
- ↑ Chisholm, Hugh, ed. (1911). . Encyclopædia Britannica (英語). Vol. 11 (11th ed.). Cambridge University Press. p. 572-573.
- ↑ 『山脇東洋』 - コトバンク
- ↑ 『安藤昌益』 - コトバンク