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伝説のそらまち亭|林家はな平

東京スカイツリー隣接の施設で東京ソラマチというのがあります。そのレストラン街の一角にあった「そらまち亭」。2012年のスカイツリー開業以来、約8年弱続いたこちらのお店は昨年の夏にその幕を閉じました。居酒屋ダイニングでありながら、毎日寄席演芸を楽しむ場として、続いて来たこのお店の思い出をお話しします。

そらまち亭はねぎしのおかみさんがプロデュースし、開業前から関わったお店で、開店してからも常に一緒に作ってきたお店です。初めの頃は18:30と21:30の二回公演で30分ずつやってました。21:30開演って今のコロナからは考えられない時間ですね。

それが3年くらい続いた後、一回公演となって18:30からのみで残りの期間は進んで行きました。こちらは飲食店ですから、演芸をやると言っても食事中に割って入っていくのでなにかと難しい部分はありましたが、僕らにとってはとても修行になりました。今日は思い出せるだけ思い出して書いてみます。

「みそ豆」禁止令

30分公演で二人出るんですが、初めの内は真打の師匠と林家の若手二つ目の二本立てでしたが、飲食しながらの演芸なので、若手二つ目と色物の方という番組に変わっていきました。食事をしていることもあって、いわゆる普通の落語会とは違います。なので、しっかり古典というわけにもいかず、それこそ漫談を長めに振ったりして、噺も長いものはできないので、短いやつをサクッとやっている場合が多かったです。そんなある日、常連のお客さんからの苦情が来ました。その方は、近所に住んでいる方で、二、三日に一回来ている方でした。

「同じネタばっかりやらないで欲しい。」

こういう苦情をお店の店長から聞きました。すぐにピンときましたね。楽屋のネタ帳に「みそ豆」がたくさん書いてあったのでw

その時、二つ目7人くらいで回してたんですが、結局みんな林家だし、状況が状況だし、やれるネタも限られてたんでみんな「みそ豆」やってたんです。それから、みんな違うネタをやるようになりました。

改めて「みそ豆」の便利さに皆気が付いた瞬間です。どうしても、お酒も召し上がっているので、なかなか筋のあるネタは出来ないんですね。みそ豆は短いのに、オチも良いしみんな重宝しております。未だに。

「静かにしろ!」

お酒を飲みながらなので、酔っ払いに絡まれたことも多々あります。一番辛かったというか腹が立ったのが、ある団体のお客さん。7人くらいでしたかね。僕が落語をやろうと舞台に歩いていたら、一番若いスーツの人が僕に向かって、鼻の下に人差し指を立てる仕草をしたんです。そう、「シー」っていう静かにしろのポーズです。

これからやるのになんだよ、と思いながら高座に上がって喋り始めたらいきなり、

「静かにしろ!」

と怒鳴られました。僕も一瞬びっくりして、唖然としたんですが、そのあと言われた一言にまた驚きましたね。

「今、大事な話をしてるんだから、静かにしろ。」

開いた口が塞がりませんでしたね。塞いでましたけど。大事な話を酒飲みながらするのも変だし、そもそも落語をやるのをわかって座ってるはずなのに、もう何もかも無茶苦茶でした。だけど、喧嘩するのも馬鹿馬鹿しいので、

「すいません。一応、15分はここに座ってなきゃいけないんで落語やらせてもらいます。」

と言って、静かに落語をやったのを覚えています。懐かしい思い出です。酔っ払いとは戦ってはいけないことを学んだのがそらまち亭です。

「頑張れよ。」

思い出すと、そういうお酒に酔った方のことばかりになります。貸し切り状態で100人くらいの団体で、みんなでどんちゃん騒ぎしていて落語どころじゃないこともありました。

だけど不思議なもので、そういう時でも真面目に聴いてくれてることがあって、後でTwitterでエゴサーチすると、僕のことが書いてあって、しかも楽しかったとまで書いてある。思い返すと、そういう大騒ぎ状態のお客さんで、自分としては苦い思い出だったりして。

だから、手を抜いちゃいけないんだなと思いました。どこで誰が聴いているかもわからない。

こういうことがありました。

その日も、同じようにお客さんはいっぱいだけど、ワーワー大騒ぎしていて、ああまたかあと思いながら高座を務めていました。終わって着替えて帰ろうと思ったら、ある席に座っていたお客さんに呼ばれたんです。五十代後半のサラリーマンの方ですね。

「俺さあ、今見てたんだけど、こんなみんな騒いでる中、お前一生懸命でさ。なんかわかんないけど、頑張れよ。」

と言いながら千円札をくれました。

やっぱり、誰か観てるんだなあ。どんな場合でも手を抜いちゃいけないと再認識しました。

全員外国人

今だったら考えられないですが、お客さんが全員外国人だったことがあります。

最初気が付かないんです。中国の方も韓国の方も一目では分かりませんから。

静かには聴いているんですが、誰一人笑ってない。だけど、僕の後に出たマジックの先生のはニコニコしながら観ている。

後で聞いたら全員外国人でした。そら日本語が通じないんじゃ、笑うはずないですよね。通じても笑わない時があるんですからw

後悔している瞬間

そういう経験をしていると本当にどんなお客さんが現れようと驚かなくなります。少し騒いでいようが、何してようが、全員外国人だろうが(これは流石にビビりますが)。だからそらまちに出るようになってから心臓が強くなりましたね。寄席に入って、お客さんが多少重くても(笑わない)酔っ払いよりはマシだと思ってました。

ですが一つだけ後悔していることがあります。

その日も、また大騒ぎしているお客さんがいて、いつも通り平常心でやろうと高座に上がったんですが、座布団の前にビールがあった。そして、乾杯のコールまで始まったんです。

もし、今だったら多分、「ありがとうございます!じゃあ、乾杯!」ってやって、高座も務めると思うんですが、その時だけは妙に自分の中で冷静になっちゃった。

「すいません。落語をやる前には絶対にお酒は飲まないんです。なので、これは飲めません。落語真面目にやるんで聴いてください。」

こう言って始めたんです。そのビールを置いたお客さんも僕が本気のトーンで言ったもんだから、悪いことしたなって感じで引っ込んじゃって、ほかのお客もそれを見ているものですから、その後の高座は言わずもがなですね。皆シーンと聞いていました。

この選択が間違っていたとは思いませんけど、僕の中で高座でお酒を飲む行為がどうしても出来なかちゃんですね。だけど、エンターテナーとして考えたらプロならそこは割り切っても良かったのかもしれません。

キュッと飲んで、落語を喋って、帰ってきたらカッコいいじゃないですか。今はそう思うんですよね。

僕の糧

そんな思い出がたくさん詰まったそらまち亭は2020年の8月にその幕を閉じました。こういう風に書いていると語弊がありますが、良い思い出もいっぱいあるんですよ。良いお客さんのこともいっぱいありました。ただ、思い出すのは上記したようなことが多いだけです😅

365日毎日やってたわけで、二つ目の差配はずっと僕がやってました。おそらく300回くらいは出たんじゃないでしょうか。本当にお世話になった場所です。

コロナ禍に於いては、「食事をしながら落語を聴く」ということはまず考えられませんので、ある意味伝説となりつつあるこのそらまち亭です。今日はそんなそらまちの思い出でした。